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裁判員の経験を「私たちの経験」に

このブログで、裁判員経験者の声を紹介した記事にコメントを寄せてくださったのは、東京で裁判員を務めた女性でした。裁判の感想や、今の気持ちをお聞きしましたので紹介します。

裁判員の経験を語る女性

何かが変わるかもしれない…

 東京都内に住む女性に、裁判所から呼び出しが来たのは2017年8月。8日間、2週間にわたる裁判日程が記されていた。ちょうど派遣契約が切れて次の仕事を探しているタイミングだった。時間に余裕はあるけれど、裁判は全く想像もつかない世界。果たして自分に出来るのか、ブログなどで他の人の経験談を調べてみた。これといった情報がなく、大きな事件だとか、被告人が無罪を主張する事件だったらどうしようと不安な気持ちになったが、「やってみれば何か変わるかもしれない。もし新しい仕事が始まって参加が難しくなれば辞退すればいいし、まず当たらないだろう」と考えて、裁判所に赴いた。選任手続には、25人くらいが来ていた。補充裁判員も含めると3人に1人が選ばれる計算になる。抽選の結果女性は、補充裁判員に選ばれた。70代から30代まで、男女はちょうど半々だった。

 担当したのは、とても複雑な事件だった。宅配ピザ専門店店長Aが自分の店の売上金を盗むという自作自演の狂言強盗。被告人とA、Bは中学時代からの知り合いで、Bが実行犯Cを引き入れた。Cは副店長を鉄パイプで殴って全治2か月の重症を負わせ、店長(この事件の主犯であるA)を脅して売上金約140万円を盗んだ強盗傷人事件。共犯4人の証言は、かみあわない。

被告人:事件当日は連絡係という役割だったが、店長Aと共にこの事件を計画したとして主犯格の一人として起訴された。「まさか実行犯Cが副店長を傷つけるとは思っていなかった」

A:被告人と話し合って事件を計画した主犯。「実行犯Cが副店長を傷つけるとは思っていなかった」(懲役9年の判決を受け控訴中)

B:連絡係。実行犯Cを仲間に引き入れた。被告人の顔は見たくないと衝立で遮蔽して法廷に出たが一言も話さず。(懲役6年の判決を受け控訴中)

C:実行犯。「言われたままにやった」と証言。電話での指示をメモに残していたのが数少ない証拠となる。(他にも複数の事件で起訴されている)

法廷では、被告人や証人の表情も気になったが、事件が複雑だったため、メモを取ることにも必死だった。

中学時代の仲間が計画した狂言強盗

 被告人は25歳の男性。争点は副店長に怪我をさせたことについて有罪にできるか、店長Aと同じく主犯格かという点だった。

 被告人は、お金が欲しかったことや強盗の事実は認めたが、「副店長を殴ったのは実行犯Cが勝手にやったことで、計画はしていなかった」と主張した。母親が法廷に入って来ると号泣し、証言台で「反省している」と涙を見せる場面もあった。嘘は話していない印象を受けた。一方で、頭がよく、すでに判決の出ている他の共犯者の裁判での調書が頭に入っていて、その内容にあわせて話しているようにも感じられた。

 疑問に思ったことは裁判員からも質問したが、それですっきりしたこともあれば、しないこともあった。これという物的証拠がほとんどなく、証言の整合性はないまま審理が終わった。求刑は12年。弁護士は、執行猶予を求めた。開きが大きく、どう考えるのか難しいと感じた。

 評議では、証言をボードに書き出して検証し、時系列でストーリーを確認した。前半はみんな活発に意見を出した。はじめの自己紹介で仕事や趣味なども伝え合っていて、ニックネームを希望した2人以外は本名で「○○さん」と呼び合っていたので、評議は普通の会議と変わらない雰囲気で進んでいった。まったく違う世界の人がいきなり抽選で選ばれて集まり、密室で濃い話をする不思議な時間だったが、みんな自分の意見を述べ、真剣に向き合った。

証言が食い違う中で刑を決める難しさ

 ただ、刑を決める議論になると、ぴたりと発言が止まった。正しい判決を出さなければならないというプレッシャー。被告人は嘘を言っているようには見えず、「暴力は計画していない、傷人については無実だ」と言っている。裁判員裁判への不満も口にしていた。一般市民は検察が捜査して作った起訴状なのだから、「ああ、その通りだ」とストレートに受け止め正しく判断できないのではないかとも言った。

 被告人が否定しても明らかな証拠があるというケースではなく、バラバラな証言をつなぎあわせた上で「怪我をさせてもいいと指示しなかったということはないだろう」と判断するしかない。「疑わしきは被告人の利益に」とはどういう意味なのかと考えた。裁判官は、「共犯者がいる事件では証言が食い違うことがあるが、ここまで全員が違うことを言うのはあまりない」と話していた。何が真実なのかを知ることは難しい。このまま彼の人生を決めていいのか……。いろいろな感情が渦巻いた。

 補充なので刑を決める最後の投票には参加できなかったが、最終的に、別の裁判で判決の出ているAと同じ、懲役9年の結論に至った。証言に立った被告人の母親が思い浮かび、こみあげるものがあって涙がこぼれた。

 彼自身も人に裏切られて傷ついていたかもしれないが、やってはいけないことをやった。被告人には、これからまだまだ長い人生をがんばってほしいと伝えかった。裁判員が参加する意味は、そんなメッセージを伝えることにあるとも思ったが、それを判決文に盛り込むことはできなかった。将来、ニュースなどで彼の名前を再び見つけることがありませんように。そんな気持ちで聞いていた判決言い渡しの時、被告人ににらまれたような気がした。判決に納得がいかなかったのだと思う。その後彼が控訴したのか、知りたい気持ちは強い。

アンケートには「良かった」と書いたけれど

 裁判を終えて、裁判所のアンケートには「良かった」と書いた。コメント欄が小さいし、時間がなくて十分に書けなかったが、本当に「良かった」かというと、ちょっと違う。もちろん、やらなければ良かったとは思っていない。辛い気持ちにもなったけれど、やって良かったと思っている。

 いろいろな事件は報道されてもすぐに忘れていくが、裁判に参加して、こうした出来事は他人事ではないのだと実感した。多くの人は「被害者になるかもしれない」と考えているだろうが、誰でも加害者にもなりうる、「あそこに立っちゃいけない」と思った。自分も自分の大切な人たちも。そんな裁判員の声が家族や友人に聞こえてくれば、犯罪の抑止になるだろう。いや、そうなってほしいと思う。

 裁判が始まる前は「人が亡くなっていない事件で良かった」と思っていたが、実際に経験してみて、事件の重さとは関係なく、どんな裁判でも向き合う大変さは変わらないような気がしている。

 守秘義務の範囲は守った上で、裁判を終えてから、努めてこの経験を話すようにした。ところが、「悪いことをやった人なんだから、仕方ないじゃん」「(裁判みたいに怖いことやるなんて)すごいね。なんで断らないの」といった言葉が返ってくるだけで、会話にはならない。だから、裁判員経験者が話せなくなるのか……。意見が表に出ていないということは、改善すべきことさえも話し合われないということ。一人の人の人生を決める裁判なのに、これでいいのだろうか。

 裁判員の声が聞こえてこないから、情報がない。情報がないから怖いという思い込みができて、裁判員をやりたくないという人が増える。裁判員の経験がもう少し語り合えるようにならないと、市民が参加している意味がない。社会の中で「私たちの経験」になっていかないのが裁判員のしんどさではないかと思う。

 日が経つにつれて、「忘れた方がいいのかな」という気持ちになっていった。「こうして裁判員の声が埋もれていくのかな」と考えていたある日、仲良くなった裁判員からメールが届き、久しぶりに話をした。同じ裁判を経験した者同士、共通するモヤモヤがまだ残っていることがわかった。そんな気持ちが共有できるだけで、少し楽になれた。

 「何かが変わるかもしれない」という気持ちで臨んだ裁判を終えて数ヵ月。明確にこうと言うのは難しいし、まだ整理はできていないけれど、女性は今、自分の中で、たしかに何かが変わったと感じている。

(文・写真 如月オフィス 川畑恵子)

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