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日曜討論「裁判員制度15年 司法はどう変わったか」に参加して




6月2日(日)に放送されたNHK日曜討論のテーマは「裁判員制度15年 司法はどう変わったか」。番組には、元検事総長の大野恒太郎さん、國學院大學名誉教授の四宮啓さん、日本弁護士連合会会長の渕上玲子さん、元東京高等裁判所部総括判事の三好幹夫さんと共に、裁判員ACTの川畑惠子が参加しました。振り返って、報告します。


市民の声や実感を伝えたい


5月末、番組ディレクターから「専門家だけでなく市民の声も」と出演の依頼がありました。番組公式サイトでは「実際に裁判員を経験した市民の声を踏まえながら、元裁判官、元検察官、弁護士の代表と専門家が徹底検証」と予告されましたが、裁判員経験者は出演しません。私の役割は、これまで聴いてきた裁判員経験者の声や市民の実感を伝えることだと心に決めてスタジオに入りました。

番組では「司法はどう変わったのか?」を皮切りに、裁判員の辞退率の高止まり、裁判の長期化、控訴審や守秘義務などが話題になりました。時間に制約がありましたが、意見や感想だけでなく、具体的な事例をできるだけ多く紹介したいと考えていました。





「良い経験」は「良い裁判」の指標になるのか


全体的には、裁判員制度は安定的に運用されているという評価が語られ、「裁判員経験者の96.5%は良い経験だったと回答」というアンケート結果が示されました。私は、「裁判員が良い経験と感じた」としても、それは「裁判が良くなった」指標ではないと考えており、「裁判員が満足していることで、(制度が)うまくいっていると評価してよいのか(疑問だ)」と述べました。

そして、裁判の主役である被告人がどう感じているのか。「裁判員が自分のことをこんなに考えてくれたと思うと更生の励みになっている」「やる気のない人は裁判員にならないでほしい」など、裁判員裁判を受けた受刑者の声を紹介しました。


制度を検証できるデータを





裁判員のほとんどが「良かった」と回答しているというデータは「制度はうまくいっている」、「裁判員をやりたくないと思っている人が多いが、安心して参加してください」という文脈でよく紹介されます。制度施行から15年経ってもいつもこのデータが紹介されるのは、制度が客観的に検証されておらず、これ以外に制度導入の成果をわかりやすく説明できるものがないからでしょうか。制度の意義を踏まえて現状を分析し、裁判の変化や評価の議論に資するデータを整理することは、大きな課題です。


多様な声を反映できているのか


裁判の長期化については、公判前整理手続きや証拠開示の問題が議論になり、裁判員休暇制度の導入を進めるべきという指摘もされました。もちろん、特別休暇があれば参加しやすくなりますが、休暇さえあれば辞退が減るわけではありません。休暇はあっても職場の理解が得られず苦労したというエピソードは少なくありません。裁判の期間中、夕方以降や土日に仕事をしたという話もよく聞きます。家族が反対するケースもありますし、ショートステイや託児が必要になれば費用がかかります。

選ばれた裁判員の男女比や年齢、属性等の構成は国勢調査のそれと変わらないと言われていますが、裁判員を務めた「お勤めの人」のうち非正規労働者の割合は少なく(※1)、意識調査でも、裁判や司法への関心は非正規労働者の方が低いことが示されています(※2)。辞退率は7割近く、選任手続を欠席する人も3割を超えています(※3)。

裁判員が6人そろわず裁判が始まらないという事態になっていなければ問題なしとして良いのでしょうか? 「参加しやすい環境や立場の人しか裁判員になれない」状況が進むと、多様な市民が参加する制度とは言えません。より安定した立場の人が、生きづらさや困難を抱えた人の事件を裁く裁判にはなってほしくありません。





市民との対話なしに、裁判員との協働は実現できない


守秘義務が厳しいことや、範囲のわかりにくさについても話題になりました。裁判員が経験を話したいと思っても、話を聞く側が守秘義務の範囲を理解していないと、会話は成立しません。「聞いちゃいけないんでしょ?」と言われて話せない、職場で話そうとしたが「その話題は一切禁止」と言われてしまった、「裁判員を務めた」ことさえ口外すれば罰則があると誤解している人がいて困ったなど、「話したくても話せない」体験をした人は少なくありません。裁判員にだけ「貴重な経験を語ってください」と伝えても、周囲の人の理解を深めなければ、裁判員の経験が共有される環境を作ることはできません。

公開の法廷でモニターに映像を表示せず傍聴人には見えないことがあります。被告人の手錠腰縄は、裁判員に見えないように入廷前に解錠されますが、傍聴席からは見えています。裁判員だけでなく、広く市民に開かれた裁判であることが、司法への関心を高め、参加につながるのではないでしょうか。裁判所もマスコミも、もっと話題にし、広報を続ける必要があります。同時に、法律専門家は、市民とともに語り合う機会を増やす努力をしてほしいと思います。一方的な説明ではなく、語り合い、対話があることが大切です。


「私たち市民は」の声を集めてより良い制度に


私が裁判員ACTの活動を始めたのは、2009年の名簿記載の候補者になったことがきっかけですが、実は、そのベースになっていることがあります。

市民活動の先輩である山本孝史さんの言葉です。山本さんは、学生時代に交通遺児を励ます活動を立ち上げ、市民活動の世界から国会議員になった人です。自らがん患者であることを告白してがん対策基本法を成立させました。「がん対策基本計画策定には、当事者や家族が参加できるようにした。けれどもがん患者は、部位別、ステージ別に立場や意見が違っていて、“私たちがん患者は”と発言できる人がいない。法律はできたけれど、これからが大切なんだ」と話していましたが、がんが進行し、仕事を全うできず亡くなりました。そんな頃、私は候補者通知を受け取りました。説明資料の中に長年市民活動で取り組んで来た「協働」の言葉を見つけ、司法への市民参加を自分ごととして考えるようになりました。

裁判員法は「3年を経過したとき必要があれば検討する」となっていますが、そこに市民の意見を聞くということは書かれていません。私は、市民参加でこの仕組みをより良いものにしていくことが、山本さんのバトンをつなぐことのように感じました。一人の裁判員経験者では難しくても、声を集めることで「私たち経験者は、私たち市民は」と語れる機能・仕組みを作りたいと考えました。

この番組で、これまでお会いした人たちの声や、語り合ってきた人たちの声の一部でも伝えることができていたなら嬉しいと思います。そして、これからも仲間が増え、対話の輪が広がっていくことを願います。

法律専門家も市民として自由に語り、裁判員を務めた人は「おつかれさま! どうだった?」と地域社会に迎えられる。司法について誰もが対等に語り合える環境があり、市民参加と協働が実質的なものになっている。5年後、制度施行20年を迎える時には、そんな議論がしたいものです。


 川畑惠子


★日曜討論の番組公式サイトで、当日の内容が紹介されています。


※1「裁判員等経験者に対するアンケート調査結果報告書(令和5年度)」P4から、有職者のうちパート・アルバイトと派遣社員の割合を計算すると裁判員が30.9%、補充裁判員が31.5%。「令和4年における裁判員制度の実施状況等に関する資料」P28の分類で有職者のうちパート・アルバイトの割合を計算すると、裁判員は19.4%、補充裁判員は19.6%。「2023年(令和5年)労働力調査」では労働者に占める非正規労働者の割合は37.0%。

※2「裁判員制度の運用に関する意識調査」(令和6年3月)P8

※3「裁判員裁判の実施状況について(制度施行〜令和6年3月末・速報)」P6


★裁判員ACT通信103号記事として提供した内容を掲載。画像はNHK日曜討論公式サイトおよび放送内容から引用しています

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